天台宗別格本山
龍谷山
水間寺
■神仏霊場巡拝の道
 神仏霊場巡拝の道とは、伊勢神宮(特別参拝)、及び近畿地方の150の社寺を巡る霊場です。明治維新以前の神仏同座、神仏和合の精神の復活を目指し、平成20年3月2日に神仏霊場会が設立され、151の社寺で同年9月8日に伊勢神宮にて、発足奉告式典が行われました。
水間寺は、全体の霊場番号53、「大阪十二番霊場」となっています。

神仏霊場巡拝の道(公式ガイドブック)と朱印帳

神仏霊場水間寺朱印
御朱印のいわれ
 観音様は、ある時はやさしいお姿で、ある時は厳しいお姿で真理の世界、信仰の世界へ私達をお導き下さり、悩みや苦しみや悶えをお救い下さる慈悲のお姿です。
 昔から参拝した時に書写した経文を納め、祈願したあかしとして寺の宝印をいただきました。だからお納経ともいわれています。(記念スタンプとは違います)
 この納経帖(朱印・集印)をご自身のお守りとしてご奉持下さい。
                                                   合掌
■新西国霊場
 新西国霊場が誕生したのは、昭和7年(1932年)大阪時事新報、京都日日新聞(京都新聞の前身)、神戸新聞を母体とした三都合同新聞社が、近畿2府4県の古刹名寺の中から33箇所が選定されたものです。
その後戦争により一時途絶えましたが復活し、戦後霊場から2ヵ寺が辞退し、その寺院に代わって新たに2ヵ寺が加わり、更に5ヶ寺を客番として迎えて、三十八霊場となっています。
水間寺は、「新西国第四番霊場」となっています。

新西国霊場宝印帳

新西国霊場水間寺朱印

水間寺ご詠歌朱印
■和泉西国三十三箇所
 和泉西国三十三箇所は、大阪府南部の旧和泉国にある観音霊場で、その歴史は江戸時代、泉州三十三所として資料に見られる貞享年間(1,684年〜1,687年)に初見されることから、江戸時代初頭には成立していたとされています。近年新たに開創された札所とは異なるだけに、その変貌は激しく、成立当初の札所と、現在の札所は大きく異なっています。
水間寺は、「和泉西国第二十六番札所」となっています。

和泉西国宝印帳

和泉西国水間寺朱印
■南海沿線七福神
 運を開き福を呼ぶ神として、昔から私たち日本人の信仰を集めてきた七つの神々が七福神と呼ばれています。
七つの神々は、それぞれ個性豊かで、特徴があり、出生、国籍も異なっています。恵比寿さんは、日本の神で、福徳円満、商売繁昌の神。大国さんは、日本の大国主とインドの大黒天と習合した福徳開運の神。毘沙門さんは、七福~中ただ一神、武神でインドの出生で除災招福の神。また弁天さんは、紅一点でインドの水の神、智恵財宝を与えて下さり、福禄寿さんは、中国の神で人望を授ける招徳円満の神です。寿老神さんも中国で、長寿と富を司る富貴長寿の神、布袋さんも中国から渡って来られ、すべてを包含する和合成功の神と多士彩々です。
 七福~めぐりをいたしますと、この七つの神々が、それぞれの分野を決めながら、チームワークをとって、私たちを災難から守り、福を授けて幸福にして下さるというありがたいものです。
水間寺は、南海沿線七福~のうちの「智恵財宝の神、弁天さん(弁財天)」「弁天堂」で祀っております。

南海沿線七福神の額

南海沿線七福神 水間寺朱印
■西国霊場三十三観音、平和観音
 写経堂には、150年前に安置された西国三十三霊場全てのご本尊があり、一度に「三十三観音」をお参りすることができます。

西国霊場三十三観音像
 写経堂の入り口の左手には、大きな「聖観世音菩薩立像」(平和観音)が参詣者を見守っています。

聖観世音菩薩像
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